私は、大阪府立・北千里高校の卒業生である。
しかも、3期生なので、私が入学したときに始めて1年生から3年生までそろったから、最初に歴史を刻んだ最古参と言ってもいいだろう。(自分で言うのも何だが)
しかしそんな私の感傷とは関係なく、時は進み、今では創立32年目ということらしい。つまり、私が入学してから、もう29年経った、ということである。
私は学生時代には『科学研究部(縮めて「科学部」)』というのに所属していた。私が1年生のときに設立メンバーとして参加し、最初の年は“同好会”として、翌年には正式に“部”として承認され、以来、今日まで続いているようである。
私は今年の春から仕事で大阪に単身赴任していることもあり、時間もヒマもあるので、今年は“超”久々に文化祭に行くことにした。20年以上ぶりである。しかも、科学部は今でも続いている、という噂も聞いていた。。。
しかし、一人で行くのは少し小恥ずかしいので、科学部OBで作っているメーリングリストに呼びかけたところ、11期生の二名が来てくれることになった。
この二人とて、当然私が現役時代には知る由もなく、OB会を通じて知り合ったわけであるが、今では私の人生における大切な仲間となっている。(なってくれている、多分)
先に感想を述べると、、、。
一般に「今の若者達は…」という発言は、その後には、「私が若いときに比べてダメである」という意味がほとんどであるが、今回私が現役高校生を見て感じたのは、「今の若者達は、
俺たちの時代より進んでる!
」と思った。
ちなみに、“進んでる”と言っても、「俺たちの時代は童貞率&処女率が99.9%なのに対し、今では50%以下である」とかそういう意味ではない。(99.9%かどうかはともかく、私のときは本当に高校時代に初体験をする方が遥かに少なく、「うる星やつら」がギャグとして成立する時代であった。)
たしかに、あくまでも私が見た印象だけなので統計データなどではないが、1年生ですでに私の時代の3年生くらいの体つきがあるような気がする。男女とも身長と足の長さは伸び、女の子は胸のサイズなどもそれなりのような気がする。
さらに女の子を見ると、メークをしていた子もいたのであろうが、髪型やアクセサリーなども自分にあったものであればそれなりに輝くので、そういうのを選んだり、意識するレベルがあがったのかもしれない。
イメージとしては、同じ15歳でも日本人とアメリカ人ではアメリカ人の子の方が大人びている、という感じが、30年前と今で起こっている、という感じである。
ただ、外見だけでなく、文化祭についても、少しずつ前の年のいいものを取り入れていった結果なのかもしれないが、20年以上たつと、それになりに洗練度が上がっている、という印象を受けた。ポスターのデザインしかり、出し物しかり。
また、わずか数名とは言え、今回科学部の現役生とも話をする機会があったのだが、彼らの知識や考え方などは、自分が現役の頃に比べると、やはり一歩大人びいているような印象を受けた。まぁ、科学部は昔から“ヲタク”が集まるので、たまたま今年もそういうメンバーだったのかもしれないが、それでも30年前の自分と比べると、明らかに彼らは私より上だと思う。知識も、考え方も。
高校生の彼らを見て、未来は明るいと思った。
私は科学部の創立メンバーであるから、当然当時は何でも“開拓”しなければならなかった。もちろんそれが今の私の財産となっているのであるが、一方、当時も当然、所詮はクラブ活動なのだから“やらない”、という選択肢もあったわけである。
だけど私は、この“開拓”が好きだったし、面白かったわけであるが、それは、ひとつは創立メンバーなので何もなかった、という環境の影響もあったのかもしれないし、国民全体がそういう意識を持っていた、という時代だったのかもしれない。
しかし今回、現役高校生達を見て、自分達の時以上の“スピリット精神”を見たような気がする。
すでに32期なのだから、今は『学校設立時だから』という理由はないだろう。
私は、若者達は大きな時代の波にのまれてもっと意気消沈しているのではないか、と思っていたような気がする。しかし今回彼らを見て、なんのなんの、
しっかりバネにして実力をつけている
と感じた。
2009年9月と言えば、ほんの一ヶ月前には「自民党から民主党へ政権が移った」歴史的な年として刻まれる年である。そんなさなか、「
最も感受性の高い高校生達は、どうやら“スピリット精神”にあふれていそうだ
」ということは、これほど国家として、また、地球人類として、頼もしいことはない。
我々中年世代は、こうした彼らを導き、育てていくことを改めて誓うべきだと思う。
現役生の彼らがこれを読めば、「先輩、それは俺達を買いかぶり過ぎっすよ!」と言ってくるかもしれない。だが、私としては、「先輩として、今の君達は十分育てがいがあると思った」と感じたので、ぜひとも、科学部にこだわらず、北千里高校にこだわらず、若者と会う機会を今後は持っていきたいと思う。
2009年9月19日、文化祭の報告
天気は秋の快晴で、暑くもなく寒くもなく、最高の日取りだった。

なんと言っても、北千里高校を語る上で避けては通れない場所である。
昔は、この「国立循環器病センター」という看板がなかったため、初めて行く人は『この建物が北千里高校だ』と間違えていた。
場所的にはこの建物の一段下にあるのでほぼ同じであるが、大きさがまったく違うため、駅からは見えておらず、目の前に来て初めて気がつく、という学校である。
学校までは駅から歩いて約1km。そこそこ距離があり、毎日通う学生にとってはつらいかもしれないが、散歩には最高であった。

自分たちのころはこのような看板があったかは今ひとつ覚えていないが、何にせよいい雰囲気である。
校門付近の雰囲気は変わっていなかった。建造物なので変わりようがない、とも言えるのだが、無味乾燥な一方、今でもこの無味乾燥さが残っていて逆に懐かしかった。
11:30過ぎに学校に着き、11期生の2名と職員玄関で合流した。N君は奥さんと1歳くらいのお子さんを連れてきていた。

私らの頃はオリジナルTシャツを作ることなどなかった(知らなかった)が、11期生の頃はすでにやっていたらしい。現役生に聞くと1枚1200円程で、「業者が売り込みに来る」とのことから、今ではどこでもやっているのであろう。各クラスごとに様々なデザインがある。
もちろん、迷わず科学部へ直行である。




やはり、我々の頃と比べればポスターの洗練度は上がっている気がする。
お目当ての科学部は、私の時代は2Fの物理実験室にあったのだが、現在では隣の物理講義室に移っていた。

我々の時代には、科学部と天文部は別々だったので、科学部がプラネタリウムをすることはなかったが、だいぶ前から融合しているらしい。
このプラネタリウムも、もともとは天文部のものだったらしいが、今では科学部名で管理しているとのこと。

一見オモチャみたいだが、学習に必要な程度の星はちゃんと映る。
もちろん見るときはドームの中に入る。

大型送風機で風を送ることで膨らませており、骨格は入っていない。風が止むとしぼんでペタンコになる。
なかなか現役生は勉強しており、通り一遍等のことは説明できていた。

1回あたりの説明は15分くらい。春の星座から順番に、夏、秋、冬、と、あれだけ説明できれば合格点であろう。
そして、科学部の文化祭に歴史的に伝わっているものがある。

手作りのエアーホッケー!掃除機を改造して送風してパドルを浮かす。私らの頃もやっていたし、今でもやっている。数年おきに作り変えているようだ。
こういう遊び心も伝統として伝えてもらいたい。

私らの頃はここまでやらなかったが...(^.^;)
今回、なかなかアカデミックな出展もあった。

クッションボールの遊び方
ペンで印をつけた2カ所の焦点にビー玉を置き、一方をフェンスに向かって軽く指ではじきます。すると楕円の原理によってはね返るビー玉はもう一方のビー玉に衝突します。ビー玉をはじく方向を変えてみましょう。フェンスのどの位置ではね返ってもビー玉は焦点に向かいます。

私もやってみたが、なかなか面白かった。
文化祭の出展ではないが、10年ほど前からの科学部の伝統となったものがある。


『竹炭作り』は私も話しに聞いていただけなので実態は全然知らなかったが、体育館からテニスコートに行く階段の途中でこのような小屋があり、そこで今でも活動しているらしい。
科学部らしい、と言えば、このようなシーンも見かけた。

修理作業をする1年生。
もちろん、他のクラブでも備品が壊れれば修理はするだろうが、“修理すること”が“目的”となっているクラブは、やはり科学部くらいであろうか。
一応、OBらしいこともしておいた。

もっともOBらしいこと、それは、学生達の前で偉そぶること?(^.^;)
君たちに伝えたいことが二つある。
一つは、今でも科学部を続けてくれてありがとう。
もう一つは、科学部では何をしてもいい。自分の好きなことを見つけるために使って欲しい。
もちろん、部費の足しを置いていったことは言うまでもない。
勢いのある若者たち
せっかく来たのだから、少し他のも見ようと、体育館に寄ってみた。
そこでは、『ダンス部』と『吹奏楽部』の演技がなされていた。

私らの頃は『ダンス部』などなかったし、最近できたのであろうが、何といっても圧巻だったのはその人数である。
およそ上記写真の人数の3倍くらいはいるようである。
ダンスの腕は、プロの目から見れば“まだまだ”なのだろうが、素人集団でないのはたしかであった。
しっかりした指導者がついているのだと思う。

続いて吹奏楽部である。
これも圧巻なのは人数であった。
写真で見るとわかりにくいが、上段にいるメンバーだけでなく、その2倍ほどの人数が下段でも並んでいるのである。
まさに、「石を投げればダンス部か吹奏楽部に当たる」と言ってもいいくらいな規模である。
彼らを見ていて感じたのは、
受け身ではなく積極的に自分を表現しようとしている
ということである。
私が感じただけなのかもしれないが、文章だけでは表現できないパワーがあったと思う。
科学部の遺産
と言っても潰れたわけではないが、

私が卒業してすぐ下の世代はアマチュア無線に力を入れたことから、屋上に専用のアンテナを立てたそうである。
配線は切ってあるのでこのままでは使えないが、科学部としての名残がこのようなところにも残っている、ということを、11期生に教えてもらった。
久々にいい一日が過ごせた。
追伸:
私と11期生の2名、そして学生2名を誘い、「関大前」駅前の『(餃子の)王将』に食事に行った。
これも科学部の伝統である。
パンフレット紹介
せっかく入手したのだから、記念に掲載しておきます。


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