ようやくアメリカの大統領が「原爆を無くす」と言い出したものの、未だにアメリカでは『原爆を落としたから戦争が早く終わってよかった』という意見が過半数を占めているという。
私自身、大学時代に広島の原爆ドームを見に行ったことがあるが、そのときの印象は
“卑怯な兵器”
ということだった。
たしかに、どんな兵器でも相手を殺傷するのが目的だし、1発で10万人を殺せる爆弾と、一人に一発必要だが10万発の弾丸を装填した銃とではどう違うのか、という見方もあるが、それでも、相手に逃げる隙も与えず一瞬で炭にしてしまうものは、人道的に許せないと思う。もっとも、戦争とは「人道」を語れなくすることだからややこしいのも確かであるが。。。
しかし、日本もまた、卑怯な兵器、と言うか、卑怯な作戦をしていたのではないかとも思った。
“特攻”もその一つでないかと思う。
もちろん、特攻を命じられて散っていった若い方々に対しては冥福を祈っているし、それを命じた首脳部に対しては怒りを感じている。
だが、攻撃を受けた側からすれば、兵士が命令で仕方なしにやっているのかそれとも自主的に志願してやっているのかは関係なく、とにかくシャレにならない方法で攻撃を受けている、という状態である。
このような例で考えるのはおかしいだろうか。
よく、刑事ドラマなどで、犯人一味を一つの建物に追い込み、銃で構えた警官が周りを取り囲み、「もう逃げられない、おとなしく出てこい」と呼ぶシーンがある。
ところが、逃げられないからおとなしく出てくると思ったら、中の人間は一斉に竹ヤリを持って警官に襲いかかってきた。
最初は銃で撃つのもためらわれたが、警官側に被害が出るようになると、警官も応戦するようになり、ところがあまりにも中の人間が抵抗して警官の被害が増えるので、警官側も一気に殲滅するために、建物ごと爆破し、中の人間を一網打尽にした、というようなことがあろうかと思う。
私は日本人だからか、特攻に対しても、そういう作戦にある程度感覚的な理解はできる。武士道に根ざした「家」を守る制度で、「自分が犠牲になることで家族が守られるなら」という心理を軍部が利用していたわけである。
だが、欧米諸国からはとても理解されないだろう、ということもわかる。
目の前で追いつめられた兵士が“窮鼠”となって人間爆弾になる、ということだと、欧米でも理解されたと思う。
だが、最初から死ぬことを前提とした作戦を、立てる軍部も軍部ならそれに従う兵士も兵士として、欧米からは『クレイジーの極み』として見られていたのではないかと思う。
戦争の目的は、相手国民の皆殺しではない。
軍事力の差を見せつけることで降伏させ、奴隷化することである。
そこで奴隷になるくらいなら死んだほうがマシ、という日本人のプライドもあったであろう。
だからこそ、圧倒的な軍事力の差に対して特攻という作戦で対応したのだろうが、今度はそれが裏目に出て、さらなる力の差を見せつけないと日本は黙らない、と判断され、それが原爆投下につながったのかもしれない。
亡くなった方、あるいは今でも苦しんでいる方に「仕方がなかった」というセリフは酷だと思う。だが、酷だから過去を振り返らない、というのでは、それこそまたいつか同じことを繰り返す危険性があり、それこそ酷だと思う。
今の時代と64年前の戦争終結の時とは共通点があるような気がする。
どちらも、指導者が責任を取ってない、ということである。
戦争の終結では、東京裁判などもあったが、それは相手国からのものであって、日本として、日本人としての責任は明確にしていないような気がする。
べつに、死刑や留置所に入ることだけが責任の取り方ではない。罪状はなく、逮捕もないが、記録として、このような立場にあったこの人はこのような判断と行動をした、という記録を残すことで、これからの為政者はどのようにすべきか、ということの参考を残す必要があるのではないだろうか。
現在では、厚労省の「年金記録」問題があろうかと思うが、これとて、誰も責任を取っておらず、過去にさかのぼって責任を調べようともしない。
罪状は時効で問われなくとも、記録としては残すべきであろう。
『戦争は悲惨なものです、二度としてはいけません』という訴えは大切なものであるが、結局こうした“おナミダもの”は、逆にいつの時代でも為政者に利用され、『悲しみを増やさないため戦う』と置き換えられ、戦意高揚しているときに戦争をするための体制を立てられて、国民が冷静になったときには反抗できないようになっている、というのが世の常である。
私自身、知覧に行くのは2回目である。

小学校で「太平洋戦争研究会クラブ」に入ってる息子君を入り口で撮影
1回目は3年前で、そのときは私一人で行った。
今回は家族を連れてであるが、1回目は何とも思わなかったが、今回改めてこのような思いを持つようになった。
原爆記念館は、あくまでも一方的な被害者の立場だから、悲惨な記録に意味がある。
だが、知覧は、欧米からすれば加害をするための基地であった。
特攻を命じられた若者たちという被害者の場、という見方もできるが、あくまでも主権国家の中で自分たちが選んだ為政者の命令であるのだから、基本的には相手からすれば自業自得としか見られない。
このような表現方法は英霊に失礼だろうとも思うが、
逆に私は、“悲惨な状況”の展示だけをして今後二度と起こそないための検証をしていない今の展示の仕方こそ、英霊に対して“無駄死に”をさせているようでならない。
もちろん、今の私にできることは限られている。私自身が調査をするのは、現実的に不可能である。
だが、こうして意見を述べることはできる。
どんな失敗でも、結果だけでなく、検証は必要である。
高校野球を黙とうで1分間中断するのもいいが、他にもやることはあるのではないかと思う。

