「早漏って、女の人にはうれしいものなんだよ」(代々木監督レポート第三弾)
サンプルとして見本ビデオが送られてきた。これで3度目である。
監督と絆がつながっているようで、とてもうれしい。
だからその期待に応えるためにも、ますます自分の感想を記していこうと思う。
今回送られてきたのは、「ザッツ回春エロエステ・3 女が弄る!男が悶える!!エロテク大満開」と「ザ・面接 VOL.109 隊長!穴が小さくて入りません」である。
あいかわらずタイトルだけは子供に堂々と見せられるものではないが、私はこのレポートを自分の方針に沿って、単なる見どころ・抜きどころの列挙ではない見方をしていきたいと思う。
ザッツ回春エロエステ・3
前回は「2」のレポートを書いたが、相変わらずこのシリーズはまじめすぎる。
だが、まじめすぎるからエロくないのではなく、まじめにエロスを追求しているから、異様にエロいし、むしろエロすぎるので見る者に気合いや覚悟を求められる作品だと思う。
軽くオナニーしたい、というときは、逆にこのシリーズは向かないのかもしれない。
このシリーズのテーマは、“あまえる”である。
“あまえる”というのは、「自分勝手になる」ということではない。
犬は、自分が信頼した相手には積極的に腹を見せて無抵抗に触らせるが、それと同じ“あまえ”をいかに実現するか、ということがこの作品の根底にある。
一般に、男の方があまえるのは下手である。自分も男だから実感できるが、小さい頃から「男のくせに」と言われ続け、「男だから女より偉くなきゃだめだ」とすり込まれるのだから、セックスの時も「男がリードしなきゃ」という先入観があるのも当然である。
だが、この作品では、公募で選ばれた素人二人とプロの男優一人が、順番に女性に手込めにされていく模様を映し出している。
そのさい、女の方からは、犬と同じ“無条件のさらけ出し”を要求される。
最初の出演者は、早漏ぎみで、すぐに達してしまった。
そのとき監督は、「それでいい、早漏って、女の人にはうれしいものなんだよ」と声をかけるシーンがある。男が女のイク姿を見るとうれしくなるように、女にとっても男のイク姿=男が喜んでくれた姿を見るのがうれしい、ということである。
これなどは、目からウロコの人も多いのではないだろうか。
もしかすると、どちらも単に「征服した」という満足感だけなのかもしれない。だが、たとえそうであってもうれしい気持ちに変わりはない。
日常生活で自分をすべてさらけ出すのは難しいし、自分の弱点を見せるのも決していいことばかりではない。だが、人と人との深いつきあいをするとき、まして好きになった相手に対しては、とことん自分をさらけ出すべきだし、相手の前では“まな板の鯉”となってすべてを任せる、ということをするべきだ、ということを教えてくれるのがこのビデオである。
私も、監督のレポートを書くようになってからは自分自身も再度『性』というものを見つめ直すきっかけになったわけであるが、自分自身の性生活の中でも、今まで嫁には言えなかった「もっと声を出して」と言えるようになった。そして自分から「気持ちいい」とも言うようになった。でも、さすがに、「愛してる」はまだ恥ずかしくて言えないが、いつかは言えるようになっていくような気がする。
このシリーズは、“性”というより“生”に悩むすべての人に何らかのヒントを与えてくれる作品ではないかと思う。
ザ・面接 VOL.109 隊長!穴が小さくて入りません
これも前回のレポート同様、先の「回春3」が“まじめな教育ビデオ”だとしたら、こちらのシリーズは“お祭り騒ぎ”である。
番組の基本構成は、AV出演希望の女性を面接と称してその場で手込めにする、それを女性の審査員たちが採点する、3回ほどそのような面接(と称する手込め)が行われるが、3回も目の前でナマの性交を見せられたことで審査をしていた女性もその気になり結局手込めにされていく、ということで、そのプロセスを「今回はどうなるか」ということを見て楽しむシリーズである。厳密には、初期の頃は少し違ったが、回を重ねることで進化してこの形に落ち着いてきた、ということである。
そしてこのシリーズも、表面的に見ればただの乱痴気騒ぎだが、出演者および審査員の一人一人の女性を取り上げてみると、みんなそれぞれ悩みを持っており、それとどう向き合うのか、ということのヒントを得ているのがよくわかる作品でもある。
今回の作品で私が気に入ったシーンは、監督が「いい女だねぇ」と言った部分である。自分も、この出演者は「何かふっきれた」というような感じがしたし『いい体験をなされた』と思った。
“いい女”の定義はいろいろあるだろうし、たしかに、「AVに出演した」ということで“最悪”と見なす人もいるだろう。そしてその気持ちもわからなくはない。
でも、一番大切なのは本人がどう思ったか、ではないかと思う。
もちろん、小遣い欲しさに体を売ったり、自分の性欲を満たすためにAVに出る女性もいて、それらの人とこの出演者たちとは違うのか、と聞かれても、実際は紙一重なだけなのかもしれない。
また、本当の人の気持ちは外からみえるはずもなく、ましてビデオを通してなんかわからないのかもしれない。
ただ、この作品シリーズを見ていると、本当に出演者は“心の満足”を得ているかのように感じる。
他の監督、それはアテナ映像社内であっても、“体の満足”を与えたハッピーセックスはあっても、“心の満足”まで与えていると思われる作品は非常に少ないような気がする。
前回も書いたが、人が最高に満足をした顔を見せるのは、心の満足を得たときである。そしてそのようなシーンを見て、少なくとも自分は最高のエロスを感じるし、きっと他の人もそうだろう。また女もそうだと思う。
だからこれだけAVが乱立している世の中で、これからのAVの進化は、体の満足だけでなく心の満足も与えていく必要があると思うし、監督をはじめ出演者からスタッフにいたるまで、そのような意識を持った人だけが残っていくのではないかと思う。


